宇都宮地方裁判所 平成7年(行ウ)7号 判決 2000年3月30日
原告
亡蘓原郷介訴訟承継人 蘓原幸子(X)
(ほか三名)
右四名訴訟代理人弁護士
内藤功
被告
栃木県知事(Y) 渡辺文雄
右指定代理人
住川洋英
同
安部憲一
同
藤原一晃
同
落合三郎
同
田村一美
同
津久井文夫
同
山口明男
同
屋代博
同
佐藤好美
同
小室徳至
同
小野武伸
同
増渕一彦
同
南斎好伸
同
本多満
同
鈴木実
同
大橋利一郎
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第三 当裁判所の判断
一 証拠〔〔証拠略〕〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 本件土地改良区は、平成六年秋以降に、本件事業において、被告が定める本件換地計画における清算金の徴収及び支払とは異なる清算金の徴収及び支払方法を決め(〔証拠略〕)、それに基づいて、実際の清算金の徴収及び支払を行った。
2 すなわち、本件換地計画中の各筆換地等明細書においては、本件土地改良区の役員ら一一名の所有する従前地について、一部を不換地ないしは異種目換地とすること、不換地にした分についてはそれに見合う清算金を右役員らに支払い、異種目換地にした分については清算金を生じないこと、右役員らは、不換地ないしは異種目換地とされた残余の従前地に対応する換地を受けるべきところ、右役員らから清算金を徴収することによって、所有していた従前地全体に対応する換地を受けることをそれぞれ具体的に定めている。
例えば、右役員の一人である菊地貞夫の場合、本件事業区域内に一万〇八七六平方メートルの従前地を有していたが、このうち、八三三平方メートルを不換地とし、その分の清算金として二三三万二四〇〇円を右菊地に支払うこと、五七五八平方メートルを非農用地区域内の土地に異種目換地し、これによる清算金は発生しないこと、残余の四二八五平方メートル(換地交付基準地積四二七六平方メートル(換地交付基準額一一八五万六七一四円)の従前地を一万〇二五二平方メートル(評定価額二八五三万八八五〇円)の土地に換地したため、この分の清算金として、右評定価額と換地交付基準額の差額に相当する一六六八万二一三六円を右菊地から徴収すること、したがって、右菊地との関係では、一六六八万二一三六円の徴収と二三三万二四〇〇円の支払が必要であるから、結局、一四三四万九七三六円を右菊地から徴収することが本件換地計画上は定められている。
3 しかるに、本件土地改良区は、本件土地改良区の役員ら一一名について、本件換地計画に定められた清算金を徴収せず、それにもかかわらず、不換地ないしは異種目換地とされた部分をも含む従前地全体に対応する換地を行った。
すなわち、前記菊地貞夫の場合でいえば、本件土地改良区は、一四三四万九七三六円の清算金を同人から徴収することなく、一万〇二五二平方メートルの土地に換地したばかりか、かえって、同人に対し、清算金として二三三万二四〇〇円を支払った。
4 前述のように、被告が、本件換地計画において、本件土地改良区の役員ら一一名の所有する従前地の一部を不換地ないしは異種目換地とし、右役員らから清算金を徴収することで従前地全体に対応する換地をすることを定めたのは、佐野太田線整備事業、尾名川筋局部改良工事、足利市道渡良瀬橋川崎通り道路改良工事等の各事業主体にそれぞれ事業用地を取得させるための方策であった。
また、本件土地改良区が、本件換地計画に定められた清算金の徴収及び支払とは異なる清算金の徴収及び支払方法を決め、それに基づいて、実際の清算金の徴収及び支払を行ったのは、本件事業のために必要となる受益農家が負担すべき地元負担金、本件土地改良区の運営費及び土地改良施設の維持管理費(以下「地元負担金等」という。)を、受益農家等から徴収するのではなく、本件事業区域内の土地を各事業主体に事業用地として売却した代金によって賄うことを企図してとられた方策である。
すなわち、前記の要領で、本件土地改良区の役員ら一一名の土地を不換地ないしは異種目換地とした上で、右事業主体が事業用地として買い取り、その対価を本件土地改良区が取得して、地元負担金等に充てたのであり、前記菊地貞夫の場合でいえば、不換地とされた八三三平方メートルを、足利市に対して、平成五年六月三日、足利市道迫間四二号線道路改良工事事業のために、七四九万七〇〇〇円で売り渡した。また、異種目換地とされた五七五八平方メートルについても、道路及び河川工事の事業用地として、右事業主体に売り渡した。
そして、右役員らは、本件土地改良区に対し、それらの売買代金の請求及び領収に関する一切の権限を付与し、実際に本件土地改良区が右金員を受領し、地元負担金等に充当した。
5 栃木県は、土地改良法八九条の二第一一項に基づき、権利者に対して清算金を支払又は徴収するのに代えて、本件土地改良区に対し、平成七年九月八日ころ、支払うべき清算金の合計額として、一億〇七六九万四三九一円を本件土地改良区に支払い、徴収すべき清算金の合計額として右同額を本件土地改良区から徴収した。
6 本件土地改良区は、前記菊地貞夫以外の本件土地改良区の役員ら一〇名について前同様の操作を行ったが、その他の権利者の本件換地計画を変えなかったため、本件土地改良区が各権利者に支払うべき清算金の合計額が、栃木県から支払われた清算金の合計額を上回ることとなり、その不足分は、本件土地改良区が受領した土地の売買代金から補って支払った。
二1 被告は、被告が作成し、換地計画の決定をした換地計画書の内容は一つである旨主張するところ、確かに、被告が土地改良法八九条の二第一項に基づいて定めた換地計画の内容は一つしかないというべきであるが、前記認定の事実によれば、本件土地改良区は、地元負担金等を捻出するために、本件換地計画に定められたものとは異なる清算金の支払及び徴収を実施したことが認められる。
2 右のように、本件換地計画と異なる清算金の支払及び徴収が実施されたことが、換地処分を取り消し得る事由となるかについて、検討する。
土地改良法五四条の二第四項、同条の三、八九条の二第一〇項によれば、換地計画において定められた清算金は、換地処分の公告があった日の翌日において確定し、県は、確定した清算金を徴収又は支払う義務を負うものとされているから、権利者は、県に対して換地計画で定められた金額において清算を求める権利を有することになり、土地改良区がこれと異なる清算を実施したとしても、右権利は影響を受けることはないものと解される。
しかも、清算金の支払又は徴収が換地処分の後に行われる手続であることを考え併せれば、本件土地改良区が本件換地計画に定められたものとは異なる清算金の支払及び徴収を行ったとしても、そのことをもって直ちに本件換地処分自体を取り消し得る事由とはなり得ないというべきである。
3 もっとも、県は、土地改良区との間で清算金の合計額を支払又は徴収する場合であっても、清算金の明細を明らかにして、支払又は徴収の期日の相当期間前までに、その旨を土地改良区に通知しなければならず(土地改良法八九条の二第一一項後段)、土地改良区は、あくまで右の明細に従って、支払及び徴収を行わなければならない(同法八九条の二第一二、一三項)。
さらに、都道府県知事は、土地改良区等に法令、換地計画等を遵守させるために必要があるときは、その事業に関し報告を徴し、又は業務若しくは会計の状況を検査することができ(同法一三二条一項)、検査の結果、法令、換地計画等に違反すると認めるときは、必要な措置をとるべき旨を命ずることもできるし(同法一三四条一項)、右規定に反して、報告をしなかったり、虚偽の報告をした者、検査を拒み、妨げ、又は忌避した者に対しては、罰則が課されることもある(同法一三八条三号、四号)。
これらに鑑みれば、本件土地改良区が本件換地計画とは異なる清算金の支払及び徴収を行ったことについて、少なくとも栃木県の監督の懈怠が認められるというべきであり、さらに、〔証拠略〕によれば、栃木県の出先機関である安足土地改良事務所の職員が本件土地改良区の役員会に出席した際などに、本件土地改良区が本件換地計画と異なる清算金の徴収及び支払を行うことについて認識していた可能性も認められる。
しかしながら、本件土地改良区の前記不遵守行為を看過ないしは黙認した栃木県の対応は、甚だ不適切といい得るとしても、右監督懈怠又は黙認があったからといって、本件換地計画と異なる清算を行ったことが本件換地処分の取消事由とならないことに変わりはない。
4 加えて、前記認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、本件土地改良区が本件換地計画と異なる清算金の支払及び徴収を行ったのは、役員ら一一名のみであって、亡郷介を含むその余の権利者については、本件換地計画に定められたとおりに清算金の支払又は徴収がなされたと認められるのであるから、結局、亡郷介に関する清算金の収受に何ら違法な点はないといわざるを得ない。
そもそも、換地処分は、その処分通知ごとに通知を受けた権利者に対する行政処分がされているものと解すべきであるから、亡郷介の訴訟承継人である原告らが求め得るのは、亡郷介に対する換地処分の取消しのみであり、そこで主張し得るのは、亡郷介に対する換地処分に存する違法に限られることになる。
したがって、亡郷介に関する清算金の収受に違法な点がない以上、これを理由とする亡郷介に対する換地処分の取消請求は認められない。
三1 また、原告らは、本件土地改良区が実際に行った清算方法によれば、本件土地改良区の役員ら一一名について、本件換地計画に定められた清算金を徴収せずに、不換地ないしは異種目換地とされた部分をも含む従前地全体に対応する換地を行ったのであるから、事業用地として買収された土地分が、全体から違法な減歩することによって生み出されたと主張する。
すなわち、本件換地計画の地区総計表上は、「法第53条の3の規定により定められた土地」欄の面積はゼロとなっているにもかかわらず、本件換地計画は、七パーセント減歩した後の面積で作成されているとして、本件換地計画が違法であると主張する。
そこで検討するに、〔証拠略〕によれば、本件土地改良区において作成された換地原案においては、換地面積を九三パーセントに減少した場合の換地面積、確定測量した確定地積等を算出し、その数値をそのまま換地原案としていること、亡郷介を除く大多数の権利者については、右換地原案の換地面積がそのまま本件換地計画における換地面積とされていること、一方、換地計画上は、地区総計表に「法第53条の3の規定により定められた土地」欄の面積はゼロと記載されているが、これは誤りであって、「法53条の3の2の規定により定められた土地」欄に記載された道路分の五筆四八七平方メートルと農業用施設分の一一筆一六七・五四平方メートルが記載されるべきこと、右地区総計表上は、換地交付基準率は九九・七九パーセントであり、減歩率は〇・二一パーセントとなっていることがそれぞれ認められる。また、亡郷介については、九三パーセントに減少した換地原案では一万八九二九平方メートルが換地面積とされているのに対して、本件換地計画ではそれより多い一万九一九四平方メートルが換地面積とされ、換地交付基準地積が一万九三八五平方メートルであることと対比すると、その差は一九一平方メートルに過ぎないことが認められる。
2 そうすると、七パーセント減歩した面積を換地計画における換地面積としたにもかかわらず、換地計画における地区総計表上に、その減歩が顕れていないことになるから、原告らの主張する違法な減歩が行われた疑いが全くないとはいえない。
しかしながら、亡郷介については、他の権利者とは異なり、換地計画では換地原案で定められた面積よりも多い換地面積が定められ、その面積と換地交付基準地積との差は、換地設計基準(〔証拠略〕)により、端数地積の増減が可能な二〇〇平方メートル以内に収まっていることになるから、本件換地計画においては特に減歩されていないことが認められる。
3 そして、原告らは、亡郷介に対する換地処分の取消ししか求められず、その場合、亡郷介に対する換地処分に存する違法を主張すべきことは前述のとおりであり、亡郷介を除く他の権利者に対してなされた換地計画について、重大な違法が存する可能性があったとしても、亡郷介に対してなされた換地計画に違法がなければ、亡郷介に対する換地処分が違法になることはないから、本件換地処分の取消しを認める余地はないことになる。
前記認定の事実によれば、結局、亡郷介に関する限り、秘密裏に減歩されて換地計画における換地面積が定められた事実はないのであるから、この点を理由とする亡郷介に対する換地処分の取消請求は認めることができない。
四1 さらに原告らは、栃木県は、本来土地改良事業において行うことのできない市道の整備を、足利市道を農道と偽って、本件事業において行った違法があると主張する。
しかしながら、土地改良法は、土地改良事業の一つとして区画整理事業を掲げており(二条二項二号)、土地の区画形質の変更事業と相まって改良が必要な道路及び水路であれば、新設及び変更の工事を行うことができるとしており、その道路及び水路が道路法適用道路か否か、河川法適用河川か否かは問題ではないし、農道でなければ工事が許されないわけでもないから、被告において、殊更農道と偽る理由も存在しない。
したがって、本来土地改良事業において行うことのできない足利市道の整備を農道と偽って本件事業で行ったとの原告らの右主張は、根拠がなく理由がない。
2 確かに、〔証拠略〕によれば、本件事業計画において、道路状況を、県道佐野太田線九六一メートル、市道一級一一五〇メートル、市道二級八七〇メートル、農道一万八〇七七メートルと記載していることが認められ、これらは必ずしも、土地改良事業計画の記載方法について定めた通達(『「土地改良事業の計画の概要及び計画の作成について」の一部改正について』平成三年三月二九日付け構改C第一六四号構造改善局長通達。〔証拠略〕)に忠実な記載方法とはいえない面もあるが、通達に即した記載方法がとられていないことが、直ちに本件事業計画の違法を構成するということはできない。
3 また、原告らは、〔証拠略〕を根拠として、本件事業計画で計画された農業用道路の幅員が最大六メートルであるにもかかわらず、それを超えて作られた道路が相当数あり、その分の道路用地は、土地改良法五三条の三第一項の強制減歩によって創設された土地である旨主張する。
〔証拠略〕によれば、本件事業計画(平成六年二月変更後)において計画された道路の幅員は、最大六メートルであることが認められる。
しかし、道路敷地については、道路の全幅に法面等を加えた敷地全体をいうのであるから、本件事業計画において全幅を六メートルと定めたとしても、道路敷地がそれ以上になる場合があり得る。
さらに、〔証拠略〕では、本件事業区域以外の道路部分を含めて最大幅員を記載していることから、〔証拠略〕において、最大幅員が六メートルを超えた道路があるからといって、これらがすべて本件事業区域内の道路ということもできない(〔証拠略〕)。
加えて、〔証拠略〕によれば、非農用地として定めた河川の堤塘として、本件事業とは別に作られた管理用道路に、本件事業として数メートル分の腹付けを行い(〔証拠略〕)、結果的に六メートルを超える幅員の道路ができたものもあるが、その場合でも、本件事業として作られたのは、腹付けした数メートル分のみであることが認められる。
4 以上によれば、原告らが幅員六メートルを超えて作られたと主張する道路の中にも本件事業区域外の道路や法面等を加えた道路敷地が存在すること等から、原告らが主張する道路がすべて本件事業計画で計画された道路の幅員を超えて作られたものということはできない。
また、仮に、本件事業計画で計画された道路の幅員を超えて作られた道路があるとしても(具体的な面積、割合等は特定できない。)、そのことから直ちに亡郷介に対する換地処分が違法となるわけではない。
原告らが主張するように、本件事業計画を超えて作られた道路部分の用地が、原告らが前記三で主張する強制減歩で生み出されたものであり、かつ、亡郷介に対する換地計画における換地面積も減歩されているというのであれば、亡郷介に対する換地処分の取消事由となる余地もあろうが、少なくとも亡郷介に関する限りは、本件換地計画において特に減歩された事実が認められないことは先に述べたとおりであるから、この点を理由とする亡郷介に対する換地処分の取消請求は認められない。このことは、普通河川の整備についても同様である。
五 以上によれば、本件において、他に亡郷介に対してされた本件換地処分を違法なものとして取り消さなければならない事情は認められず、原告らの請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永田誠一 裁判官 林正宏 男澤聡子)